インターネット通信の多くは NAT(Network Address Translation) の仕組みの上で成り立っています。 しかし、NAT 環境では外部から内部ネットワークへのアクセスが制限されるため、「NAT トラバーサル」や「ポートフォワーディング」といった技術が必要になります。 本記事では、それらの仕組みと課題をわかりやすく解説します。
1. NAT の基本をおさらい
NAT は、プライベート IP アドレスとグローバル IP アドレスを変換して、複数の端末が 1 つのグローバル IP を共有して通信できるようにする技術です。
| 種類 | 説明 | 主な用途 |
|---|---|---|
| 静的 NAT | 内部と外部のアドレスを 1 対 1 で固定変換 | 特定サーバの公開など |
| 動的 NAT | 変換テーブルを動的に割り当て(1対1) | 外部通信に一時的に使用 |
| PAT(NAPT) | ポート番号も利用して多対1変換 | 一般的な家庭・企業ルータで使用 |
NAT はセキュリティ的にも外部から内部を隠す役割がありますが、 この特性が「外部から内部に通信を開始できない」問題を引き起こします。
2. ポートフォワーディングとは
ポートフォワーディング(Port Forwarding) は、NAT ルータが受け取った外部からの通信を、内部ネットワークの特定ホストへ転送する設定です。
例:
外部IP:203.0.113.10 の TCP 80番ポート宛通信
↓
内部サーバ:192.168.1.10 の TCP 80番へ転送
これにより、Web サーバや SSH サーバを NAT 内に置いても、外部からアクセスできるようになります。
ポートフォワーディング設定例(Cisco IOS)
ip nat inside source static tcp 192.168.1.10 80 interface GigabitEthernet0/0 80
上記は、外部インターフェース(G0/0)の TCP80番通信を、内部ホスト192.168.1.10へ転送する設定です。
3. NAT トラバーサルとは
NAT トラバーサル(NAT Traversal) とは、NAT 環境下でも双方向通信を確立するための技術全般を指します。 特に VPN(IPsec / SSL)や VoIP(SIP)など、ピアツーピア通信で重要な役割を持ちます。
主な NAT トラバーサル技術
- STUN(Session Traversal Utilities for NAT):クライアントが自分の外部IPとポートを取得
- TURN(Traversal Using Relays around NAT):中継サーバ経由で通信(双方向不可な場合)
- ICE(Interactive Connectivity Establishment):STUN と TURN を組み合わせて最適経路を選択
- IPsec NAT-T(NAT Traversal):UDP 4500 番ポートで IPsec パケットをカプセル化して通過
特に VoIP や WebRTC(Zoom、Teams など)では、STUN/TURN/ICE の3技術が組み合わされ、 NAT越えを自動で行う仕組みが広く使われています。
4. NAT トラバーサルが必要な理由
NAT の仕組み上、内部から外部への通信は可能ですが、外部から内部への「コネクション開始」は基本的に遮断されます。 このため、以下のようなシーンで NAT トラバーサル技術が必要になります。
- VPN 接続(クライアントが NAT 環境下にある場合)
- オンラインゲームの P2P 通信
- 音声通話・ビデオ会議(SIP, WebRTC)
- クラウドリモートアクセス(リモートデスクトップなど)
5. NAT トラバーサルに関する課題
① セキュリティリスク
ポートフォワーディングを多用すると、内部ネットワークが外部に露出しやすくなります。 最低限のポートのみ開放し、ファイアウォールでアクセス元を制限することが重要です。
② 通信遅延・不安定化
中継サーバ(TURN)を利用する場合、経路が遠回りになるため遅延が発生します。 また、ルータのNATテーブルのタイムアウト設定により、一定時間で接続が切れることもあります。
③ ポート番号競合
PAT ではポート番号を利用してアドレス変換を行うため、 同一ポートを複数端末で使用すると競合が起きる場合があります。
6. トラブルシューティングのポイント
- ルータやFWの
NATテーブルを確認(タイムアウト・変換状況) telnet/ncでポート開放を確認- VPN の場合:NAT-T(UDP 4500)対応を確認
- VoIP / WebRTC の場合:STUN/TURN サーバ動作を確認
Cisco機器では次のように NAT 状態を確認できます。
show ip nat translations
show ip nat statistics
7. まとめ
- NAT により外部→内部通信が制限されるため、ポートフォワーディングやNAT トラバーサルが必要
- STUN / TURN / ICE / NAT-T などの技術で NAT 越えを実現
- セキュリティリスク・遅延・競合といった副作用に注意
- VPN や VoIP、P2P通信では NAT トラバーサルの理解が不可欠
NAT はネットワークの根幹技術ですが、その背後で通信を成立させる NAT トラバーサル技術を理解することは、 ネットワークエンジニアとしての大きな強みになります。
